先週、同僚が亡くなったニュースが入ってきました。同僚と言っても同じ部署ではないのですが、私たちが作ったアプリケーションのユーザーのひとりだったので、2年前に全10回にわたるクラスを私が担当した際の生徒のひとりだったのです。しばらく見ないなと思っていてのですが、闘病生活を送っていたことをそのニュースとともに知りました。

 

同僚のご家族が亡くなってもたいていお葬式の連絡は来て、でも実際に行くことはあまりありません。ただ今回は直接一緒に働いたという縁もあるので、お葬式に参列することにしました。

 

 

お葬式のお話に移る前に、今回亡くなったその同僚だったジャニスについてのエピソードをひとつ。私は時々自分のチームが開発したアプリケーションのトレーニングをビジネスユーザーたちに提供するのですが、そうするとたまにその場で答えられない質問にぶち当たることがあります。それは私が知らないことだったり、そのツールにはその機能自体はないんだけどなんとか回り道をして達成する方法はないか考えなければいけなかったり、理由はいろいろあります。彼女がいたクラスでもそういう質問がきたことがありました。

 

その場では答えられなかったため、一度オフィスに戻って考えてみて、それからみんなに連絡するね、と締めくくり、そのあとのメールでもクラスの参加者全員に向けてそのようなメッセージを送りました。ジャニスから個人的に連絡があったのは翌日のこと。「ちょっと考えてみてこれが解決法になるかどうか聞いてみたくて」との質問でした。解決法が見つかったなら、それを私が参加者全員に宛てたメールに全員に向けて返信することもできたのに、それをせずに私だけに連絡をしてきたのは、気遣いのできる彼女のすてきなところでした。

 

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さて、そのお葬式ですが、VisitationまたはViewingと言って、棺桶に入ったご遺体を実際に見ることができます。その時間が1時間半くらい設けられていて、実際の式はその直後にまた1時間半くらい行われます。Visitationは式の前日に行われる場合もあります。私は式が始まる少し前に行ってご遺体と対面。2年半もの間、癌で苦しんだとは思えないような安らかな寝顔に、少しホッとしました。

 

式が始まります。改めて周りを見回して見ると、いやいや、すごい人数!おそらく200人くらいはいたんじゃないかしら。そして私がくまなく観察した結果ですが、参列者で黒人以外は私だけ。完全に間違って迷い込んじゃった雰囲気を醸し出していましたが、実はこういうアウェー感は非常〜に慣れている私。だいたいアメリカ人に囲まれて毎日働いているのも疎外感あるし、近所は9割以上はインド人だからお呼ばれしても言葉わかんないし、日本語学校で日本人に囲まれるお茶会とかでもちょっとした違和感は否めないので、今さらドギマギはしません。まぁ、向こうは「この子、道に迷ってお葬式に入って来ちゃったのかしら?」みたいにドギマギしたのかもしれませんけど。

 

お葬式の服ですが、黒い服を着る人が多いですが、暗めの服を着ていけばオッケーじゃないでしょうか。黒人の人が集まる教会は初めてでしたが、そうでないお葬式よりもフォーマル感は高かったかな。私はその後の予定もあったので、濃紺のワンピースを着て、その上に黒いジャケットを羽織りました。でも普通のもうちょっと明るい色の服を着ている人も見かけました。

 

式が始まると、家族が棺桶の周りに集まり、蓋が閉じられます。これが泣けて泣けて、私の顔はぐちゃぐちゃ。お葬式にマスカラはしてっちゃいけませんね。後で鏡を見たら、ホラー映画みたくなっていましたから。

 

何が泣けたって、今回のお葬式ではジャニスの一生を綴った小冊子みたいなのが配られ、そこには彼女の生前の写真や家族からのメッセージが掲載されていたんです。その家族からのメッセージが泣けてしまうわけですよ。「ママの笑顔に触れることができないと思うと寂しい」とか。そして前を向くとそのメッセージを書いた息子が涙をぬぐいながら棺桶の前に立つわけですから・・・、また泣けてきたよ。私がいつの日か天国に旅立つときに、子供達はどうなるんだろう、とか自分に重ね合わせちゃうと、滝のような涙が。

 

それから死者を弔う数々の歌が始まります。前にコーラス隊がずらっと勢揃いしていて、それはそれはすばらしい歌声なのですが・・・、いや〜ちょっとその選曲明るすぎやしないか?お葬式なんだからもっとこう静かにお祈りできるような・・・ねぇ?と思っていたのもつかの間、シンガーみたいな人も出てきて、ステージで歌い出すと、参列者たちもみんな立ち上がって、踊り出します。こんな歌でした。

 

お葬式で踊るってすごいですよね。日本では考えられないし、アメリカのお葬式もこれまで2回出たことがあるけれど、踊るのは初めてです。黒人の教会だからなのか、たまたまこの教会なのか。

 

こんな歌も歌いました。

 

またみんなノリノリで踊り出します。でもさすがに家族は・・・と家族の席のほうを見ると、家族が一番ノリノリ(笑)。娘さん、お尻フリフリして大声で歌っています。あ、そういう感じ?私はホラー映画も真っ青なくらいマスカラ落として号泣しているけど、みんな歌って踊っちゃうのね。

 

まぁ、歌って踊るのはその教会のやり方によりますが、キリスト教では息を引き取ったあとは神様の元に行くと信じているので、死は基本的にポジティブに捉えられます。この世でもう会えない寂しい気持ちと、神様の元にいけてよかったねという気持ちと半々と言ったほうがいいかな。前述した故人の写真やストーリーが書かれた小冊子のタイトルも、「Homegoing Celebration for XXX」でした。

 

このような歌をたくさん歌い、故人をよく知る人たちからの思い出話があり、牧師さんのお話も30分くらいあり、最後は明るい歌とともに列になって参列者は退場します。この後大型のバスが何台も出ているので、ご遺体とともにお墓まで行けるとのことでしたが、私は式の終了とともにお暇しました。

 

今回のお葬式に参列して、あらためて考えたことはふたつ。

 

アメリカ お葬式

 

まず私は信心深くありませんが、やはり死と向かい合うことになる前には、信心という形で死の意味をしっかりと理解してそれを受け入れて旅立ちたいと願っています。そうすることは私自身が恐怖心を持たずに、しっかりと前を向いてこの世をさることができるという意味合いもあるけれど、そういう私を見守る家族や親友たちのためにもなるんじゃないかな、と。

 

もうひとつは、お葬式でみんながよい思い出話をしてくれるような人生を送ろうということ。ジャニスは教会でもアクティブに活動していろいろな役割を担っていたし、職場でもその性格ゆえみんなに慕われていました。お葬式に集まった人数を見てもすごいですもんね。私は多くの知り合いを作ることは苦手な性格ですが、ごく身近な人たちに愛される人生を送りたいな、と思いました。

 

亡くなった同僚ジャニスのご冥福をお祈りするとともに、いろいろなことを考えるきっかけをこんな形でいただけたことに感謝をした1日でした。

 

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