先日、ヒラリークリントンの敗北宣言についての記事を書きました。

心に響くヒラリー・クリントンの敗北宣言(concession speech)

 

そこには私の拙い部分的な翻訳もつけたのですが、どう読み返しても、何が言いたいのかわからないはっきりしない日本語だな、とまったく気に入っていませんでした。かと言って、どうやって日本語訳をしたらいいのかも、特に限られた時間では思いつかなかったので、そのまま掲載したのでした。でもその翌日に、とっても素晴らしい訳を見つけました。

 

Hillary Clinton’s Concession Speech ヒラリー・クリントン候補の敗北宣言演説

 

この方の訳、本当にすばらしいですね。私もこう言うことが言いたかったのです!今となっては、私の拙い訳は恥ずかしいので、この記事そのものを隠してしまいたい気分に駆られていますよ。

 

 

こう言う経験をするたびに思うのが、翻訳は英語力と考えられがちだけど、実際は英語力はいい翻訳をするという点においては、さほど大きな影響はないな、ということ。英語よりもずっと大切なのは、理解力、思考力、そして表現力。

 

日本で英語教育を受けた私たちは、よっぽど英語に対して苦手意識がない限り、英語の文章を読んで、それがちんぷんかんぷんってことは、実際少ないんです。いきなり英語を突きつけられて「うおー!」って拒否反応を示したあと、数行でもいいからゆっくり読んでみてください。意味のわからない単語を辞書で引いてしまえば、大方の意味は分かるもんです。もちろんふだん英語に接していなければ、文章を読んだり、単語の意味を調べたりするのに時間は多少かかるかもしれませんが、それを乗り越えれば英文は多くの日本人は読めてしまいます。ただそこから翻訳ができるかできないかとなると、また別問題だと思うのは、前述したとおり理解力や表現力が必要となってくるから。

 

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まず書いてあることをなんとなくではなく100%正しく理解できていないと、そこに書かれているトピックを知らない人に説明することは難しくなります。たとえば私はヒラリークリントンの敗北宣言の意味を表面では理解しましたが、なぜ彼女がガラスの天井に言及したのかの背景などを知らないと、それを訳する上で深みが出ません。彼女がなぜトランプ氏にもチャンスをあげるべきだと言ったのか、分かりますか。それは民主主義国家の国民の義務だからと言う意味なのか、オバマ大統領にだって8年前チャンスが与えられたから今の支持があるからなのか、そういうことを突き詰めて考えられるだけの背景や知識があり、それらの知識とともに書かれている内容について思考するステップを外さないような翻訳家が訳した文章は、ものすごく読みやすいものになると思います。

 

あとは表現力。以前何度か日本の伝統工芸に関する文章を翻訳することがあったのですが、日本語の文章を英訳するのは大変なことがありました。日本語ではなんとなくぼんやりと書いてあって、それを読み手が自分なりに解釈して読み込むという場合がけっこうあって、それは日本人が日本語で読む場合は問題ないのかもしれませんが、それをそのバックグラウンドがない人のために翻訳するのは本当に難しかったです。だって、結局何が言いたいのか分からないんだもの・・・。読み手なりの解釈が必要ないような文章を分かりやすく書くことは、別言語に訳される場合は特にとても大切です。

 

今年日本に帰ったときに、どうやったら英語が上達するのか聞かれことがありました。リスニングに関してはラジオ英会話などでもある程度伸びると思います。でもスピーキングに至っては、自分の考えを分かりやすく英語で説明する機会が多く持つことが一番だとアドバイスをしました。

 

ヒラリー 敗北宣言 訳

 

でもそのためには、同じことを日本語でもできる必要があります。日本語では自分の考えを分かりやすく説明できないけど、英語ならできるってことはおそらく起こらないでしょうから。日本語での会話がうまい人は、英語でも、語彙は限られたとしても、上手です。ちなみに私は日本語でも英語でも説明が下手です!話している側から自分が混乱しますから。

 

それも踏まえ、最近では日本語・英語問わず、本を読むようになりました。つい最近までは、これ以上英語力が落ちないようにと英語の本ばかり読んでいたのですが、最近はAmazonの読み放題に加入したこともあり、知識と表現の幅を増やすために、日本語の書籍も積極的に読むようにしています。日本語でしっかり内容をつかめれば、そのあとで必要なキーワードを英語でも調べたり、もしくは英語で読み直したりすれば、最初から英語で難解な文章に挑むより、楽なのかも、というのが最近の発見。

 

言語を問わず、知識を得ること、そのあとで自分の考えをまとめること、そしてそれを分かりやすく説明すること。そのステップを繰り返して、私もいつか美しい翻訳ができるようになれるかな。

 

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