私は長らくほぼ日手帳を使ってきました。いつからか覚えてないほどだけど、おそらく長女が生まれてすぐなので10年以上?こ、怖い・・・自分の年齢が。

 

オリジナルサイズのほぼ日手帳から始め、それでは物足りなくなって大判のカズンにして4年ほどになります。ほぼ日信者の一員として毎年(クソ高い)手帳とカバーを買っていたのですが、最近なんだかな〜と感じることが増えてきたので、本日はその辺のジレンマについてのお話です。

 

 

ほぼ日手帳とは?

 

ほぼ日手帳は、糸井重里さん率いるほぼ日刊イトイ新聞の企画から発売されるようになり、今となっては「手帳といえば」という代名詞ともなった手帳です。

 

ほぼ日ストア

 

最初はオリジナルサイズだけだったのですが、大判のカズン、週間手帳、英語版まで出てきて、それぞれのカバーもとてもかわいいので、つい毎年買い換えてしまいます。それぞれのカバー完成までの経緯とか、ユーザーの皆さんの手帳の使い方とか、さすが元コピーライターだけあって売り出し方がとっても上手・・・。海外発送をしてくれることもあって、毎年欠かさず注文しています。

 

ほぼ日手帳のよいところ

 

ホームページでも散々いいところは書かれているので、詳細は避けますが、私が10年間使い続けた理由はこちら。

 

クオリティ

 

さすが日本の製品だけあって、紙も分厚くて書きやすいし、見開いたときにパタンとしっかり開けるので書くのが楽チン。私はフリクションペンを愛用しているのですが、書いた直後で間違ってこすっちゃっても問題がないので、助かっています。10年前に使い始めて以来、安定の品質はさすが日本です。

 

スポンサーリンク

 

決まりごとがない

 

月間カレンダー、週間カレンダー、が最初についていて、最後にはお気に入りを記すところとかそれなりに決まりがあるのですが、肝心の真ん中部分は決まりごとはあまりありません。1日1ページが割り当てられていて、そこには薄く方眼があるだけなので、何を書いても自由。私も方眼は思い切り無視して、好き勝手書いています。ユーザーさんによってはここにがっつりスケッチをしてる人もいるくらいで、本当になんでもオッケー。あと写真やシールを貼っている人もよく見かけます。

 

ブランド名

 

なんか結局これなのかなって思います。これだけ人気なんだから使いやすいでしょ?っていうか使うべきでしょ、という無言のプレッシャーを感じる私@日本人。自分のセンスと判断力を信用していないので、みんなが使っているものはきっといいはず、という無意味な過信。

 

ほぼ日が使いづらいなと思い始めた理由

 

10年間も使ってきてアレですが、特に去年くらいから違和感を持ちつつ使っていました。ただ毎日忙しいのでその理由については深く考えることはなかったのですが、今年に入ってだんだんはっきりしてきたんです。

 

重い

 

第一に思いつく理由がこれ。まぁ、大判のカズンを使っているせいもあるんですけど、これ無駄に重いよね?1日1ページが1年分ですから重いのはしょうがない。でも果たして1年分を毎日持ち歩く必要があるんだろうか、という素朴な疑問が湧くわけですよ。

 

一応ほぼ日の謳い文句として、ふとした瞬間に過去の記録を何気なく読み返したり、みたいなことを言ってるんですけど、そもそも日々忙しい私にはそんなふとした瞬間なんてありません。何気なく読み返している暇があったら、今伸びまくっている爪を切らせてもらいますよ。まぁ、だったらブログとか書いてないで、とりあえず爪切れって話ですが。

 

カズンはサイズ的に、きっと家にいることが多い人に向いているんだろうな。だったら小さめサイズのオリジナルに戻せばいいとも考えたのですが、「果たして1年分を毎日持ち歩く必要があるんだろうか」という疑問は残ると思いません?

 

そもそも書くことがそんなにない

 

リア充じゃないんで、毎日おもしろいことってないんですよ。早朝4時に起きて、6時半から4時まで仕事して、家に帰って、子供たちを習い事連れてくかご飯作るか、そして寝るまで子供達の宿題見たり洗濯したり、これ毎日手帳に書いてウキウキすると思います?ほぼ日ってなにげない一日をお祝いしよう、みたいなコンセプトなんですけど、なんだろう・・・何を祝えっつーの?!って逆ギレしたくなるこの気持ち。

 

自由になんでも書いてって丸々1ページもらっても、私が書くことと言ったら、毎日1行ずつ程度。ちなみに今年のほぼ日手帳にあるとある1週間はこんな感じ。

 

月曜日:仕事超やる気でない。ヘルプ!
火曜日:帰りのバス座れなくて腰痛。
水曜日:っていうか便秘。
木曜日:明日のミーティングで、ミシェルが来たら毎週ステータスミーティングするよう言う。
金曜日:便秘には野菜がキーだった!

 

っていうか、仕事とう○このことしか書いてないし。紙面の無駄遣いも甚だしい。

 

リピートすることがスマートじゃない

 

どういうことかと言うと、毎年手帳に書いておきたいことってあるじゃないですか?たとえば私の場合は数々のウェブサイトのユーザーネームとパスワードとか、去年買った航空券の値段とかですかね。それを新しい年の手帳に書き写すことが元旦の習わしだったんですが、これって考えてみると無駄な時間ですよねー。

 

ほぼ日手帳 スマホ アナログ デジタル

 

あとで結局見返しづらい

 

ほぼ日のコンセプトのひとつである「見返す楽しみ」ですが、結局見返しづらいのが実情です。たとえば読書ログは、以前紹介したブクログにも詳細を書いていますが、一応手帳にもリストだけ作ってあるんです。でも今年より前に読んだ本に関しては、わざわざ去年の手帳を引っ張り出して来て読み返したりしないから、古い手帳はクローゼットに一度入れたらもう取り出すことはありません。

 

スケジュールを忘れるようになった

 

スケジュールは手書きが絶対にいいと思う反面、ここ数年予定を大切な予定をミスすることが何度かありました。さすがに友達と会う約束とかは忘れないんだけど、コミュニティの話し合いとか、学校関係の説明会とか、リマインダーがないとつい忘れてしまいます。この前なんて、ドクターとのアポも忘れちゃったしね。

 

デジタルで管理しておけばスマホからリマインダーが送れますが、紙面だと自分の記憶に頼ることになりますからね。朝に一日の予定をチェックしておいたはずなのに、夕方のドクターとのアポを忘れるBBAには、アナログ派を気取る資格はないんじゃないかと。

 

ミニマリストの掟に徹底的に反する

 

毎年手帳を買い換えて、これまでの記録を思い出のために紙面に残しておくって、自称ミニマリストの私の主義に反すると感じ始めました。おそらくこれが去年から感じていた違和感の正体かな、と。

 

解決法

 

私は記録という行為が好きなので、その延長で手書きで記録を残し続けたいとほぼ日にこだわってきたのですが、そもそもそのこだわりは勝手な思い込みだったんじゃないかなって最近思い始めました。わざわざパソコンを取り出してきて一言日記をつけるのは面倒って思っていたけど、重いほぼ日手帳をオフィスバッグから取り出して、今日も便秘、とか書き込むのも、相当めんどくさいんですよ。

 

そろそろデジタルに移行する潮時なのかも、と重い腰をやっとあげた次第です。次回は新しい手帳探しについてお話しします。

 

スポンサーリンク