ノマドという言葉が定着してしばらく経ちますが、もともとの意味をご存知ですか。ノマドは英語でnomadで遊牧民のこと。先日同僚がそのノマド遊牧民について興味深い話をしていました。

 

同僚のふるさとソマリアの遊牧民たちはラクダを育てて暮らします。彼らにとって尊い仕事は動物を飼育してそれを売ってお金に変えることのみ。それ以外の仕事はレベルの低い人がやることとみなすそうです。例えば彼らはもう売り物にならないラクダを食用にすることもあるのですが、ラクダをさばいて調理するのにお金を払って誰かを雇います。靴を直すのも、髪を切るのもそう。遊牧民にとって、サービスは提供するものでなく、受けるものなのです。

 

 

遊牧民の価値観

 

遊牧民だった彼の叔父は、街でのいくつかの仕事、床屋、ラクダ売買仲介、洗濯屋などなどを紹介されましたが、すべて断ったそう。そんなレベルの低い仕事はできないって。

 

でも彼ら遊牧民の生活は裕福なものではなく、寝るためのテントすらないので、夜は木の下で他の動物たちと一緒に葉っぱの上に寝ます。そこには恐ろしい動物もいますから、それこそ命がけ。食事はラクダの乳と野生の木の実のみ。それなのに床屋も、エンジニアも、医者も、レベルが低いからやらない。本当、メンタリティの違いがおもしろいですね。だからそんな人たちを揶揄した詩が、ソマリアにはいくつもあるそう。

 

けなし合うのは遊牧民だけでなく、隣町に住む人のこともバカにすると。「あいつはあの街出身だから品が悪い」とか。でもその街は10キロちょっとしか離れていないとか。日本でもありますよね。県によってバカにしあったり。

 

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違いに耐えられない私たち

 

同じ民族、宗教、言語、時には家族(遊牧民の叔父を持つ同僚とか)でもこうやって対立するのですから、国や宗教が違えば対立するのは容易に想像できますよね。戦争や人種・宗教による争いも絶えないわけだ。

 

そんな大きな問題じゃなくても、家族や彼氏でも些細な違いで対立することがあります。私と夫もよく喧嘩しました(今でもよくするけど)。なんで食べ方が違うんだろう、なんでお金にうるさいんだろう、なんで優先順位が違うんだろう。違う理由を見つけては喧嘩していた感じ。分かってくれない理由が分かりませんでした。

 

価値観の違いを乗り越える4つのステップ

 

どうやってそういう価値観の違いを乗り越えるか、ですが、4つのステップがあるかと思われます。

 

Take a step back

 

少し離れて考えてみようということ。仕事のブレインストーミングのミーティングとかでよく使う表現です。人は行き詰まると周りが見えなくなるから、このステップはとても大切です。離れて考えるのは、自分自身が硬く信じている信条からもですよ。

 

先ほどの遊牧民と町人たちの対立を考えてみてください。それぞれに長所と短所があって、自分が正しいと信じて対立し合うのははたから見るとバカバカしいと思いませんか。優劣つけられませんし。そうやって自分の生活から遠いところにある場合は離れて考えることができるのに、なぜか自分のこととなると難しいんですけどね。意識的にこのステップに取り組む必要があります。

 

Accept the difference 正当化しなくてもいいと知る

 

たまにどこかの掲示板とかツイッタとかで見るのですが、ものすごく攻撃的で、強い言葉を使って、意見が対立する人と言い争ってる場面がありますよね。まるで自分が間違っていることを認めるのが恐怖、みたいな。傷つきたくないから、最初に自分が相手を傷つける、みたいな。

 

違いを受け入れることは、相手が正しいと認めることではありません。完全に理解はできなくても、そういう考えが存在することを認識すればいいのです。Accept the differenceですね。

 

価値観 違い アメリカ

 

価値観を押しつけない

 

私が夫に「どうして分かってくれないの?」と怒りを覚える代わりに、「あ、そう、わからないのね」と引き下がります。夫も私も、お互い異なる意見を持っていると認識するだけで、満足なわけです。

 

共存の道を探る

 

これは私もまだまだ修行が足りないステップです。自分が硬く信じる道に同調しない人を見ると、ついネガティブな感情を抱いてしまいますが、どうにかうまくやっていく方法を探りたいものです。

 

前々大統領のビル・クリントン氏は言いました。「We all do better when we work together.  Our differences do matter, but our common humanity matters more」(一緒に働くことで私たちはよりよい仕事ができる。私たちの違いは大切だが、私たちの共通の慈愛はさらに大切だ)。本当にその通り。お互いの思いやりや愛情しか、結局共存の道をないのだと思います。力や暴力によるねじ伏せは、いつかガタがきますから。世界で起きている紛争を見ると、そのいつかはおそらく今なんでしょうけど。

 

みなさんがいろいろ考えるきっかけになっていただけたら幸いです。

 

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