少し前に、日米で距離感についての違いを説明しました。

アメリカ人と日本人の距離感の違い

 

物理的な距離感は国土の関係もあり、両国で大きな違いがありました。これはたまに日本に帰ると、なおさら気づかされ、それは大きなストレスとなります。

 

それでは、物理的な距離感はスペースが周囲にどのくらいあるかである程度決まるとして、人間関係における距離感はどうなんでしょう。今日はその辺を考察してみます。

 

 

この夏に子供たちは日本の小学校に一ヶ月ほど体験入学をさせてもらいました。私は日本で生まれ育ちましたが、日本を離れて20年近く経つので、日本人としての感覚がずれている部分も多少あります(自覚症状はある)。そんな私から見て、最近の小学校の先生は違うな、と感じたのが距離感でした。

 

スポンサーリンク

 

どういうことかというと、先生と生徒の距離がものすごく近い!生徒のこともファーストネームでちゃんづけで呼んだり、むしろ呼び捨てだったり。私が異性に名前で呼び捨てにされたのは、日本では家族と彼氏だけですよ。あと「先生のことを、普通に○○先生、と苗字で呼んでもいいし、もしあれだったらイケメン先生でもいいよ」と言われたそうで、それを聞いた初日の時点で、目ん玉飛び出そうになりましたよ。チャ、チャラ男?

 

休み時間にも先生と無駄話をしたり遊んだりと、本当に友達感覚なんです。アメリカに来て、教授とかに軽口を叩く学生を見て、「アメリカ人は目上の人との垣根が低いよね〜」なんて冷めた目で見ていたけど、今回の日本の小学校ではその垣根すらなかったような・・・。まぁ、それでも、教室の一番目立つところに「けじめ」なんて標語を掲げていたから、その距離感が先生の悩みでもあるのかな、なんてちょっと思ったり。

 

距離が近いのは先生と生徒だけではなく、むしろ大人と子供の距離かもしれません。次女のクラスメートがふたりで次女を訪ねて遊びに来てくれたことがあったのですが、全く物怖じせずに初対面の老婆(実家の母)に話しかけるし、まるで我が家のようにくつろいで遊んだりお菓子を食べたりしたそうです。「現代っ子は違うわね〜」と感心するばあば。

 

そうね、現代っ子の特徴なのかもしれません。小学校の先生というと何やら威厳がありそうですが、よく考えると先生たちも私よりも若い方ばかりで、現代っ子というか、ゆとり世代なんですよね。人類みな兄弟、感覚なのかな。

 

距離感 日本 外国

 

学校の他に、私が日本人同士の距離感が近いな、と感じるのが、仕事の飲み会の席なんかでの上司からのアドバイス(またの名を説教)とか、ひどい時はセクハラまがいの無礼講みたいなこと。「お前のためを思って言ってる」から始まる長いアドバイスは苦手でした。なんなの、この密着度満点の距離感は。

 

と、ドライなアメリカ人よりよっぽど距離が近いと思いきや、知らない者同士だとものすごーく突き放すのがまた日本の不思議な部分。お店に入って、店員さんが「いらっしゃいませ〜」と話しかけてるのに、挨拶を返さないばかりか視線すらあげない。アメリカ人でも返事をしっかり返さない人はいるけれど、最低限 Acknowledge (認識)はします。スーパーでカートぶつけてきても、目線すら合わせないし。現代っ子だったらそこでジョークのひとつでも言って、距離を縮めればいいのに。まぁ、ぶつかってくるような人は、中年以降が多いですけど。

 

どこに距離を置くべきかに迷ってしまう、この距離感のアンバランス、日本の興味深いところのひとつです。

 

スポンサーリンク