どこかの二世タレントが大きな事件を起こして、話題になっていますね。メディアの矛先が親子に集中しすぎて、事件のほうを誰も報じないというよく分からない事態です。母親の記者会見で被害者への言及がない、と非難を浴びていますが、その言及をしていないのはメディアの方ではないかと・・・。

 

 

それでも我が子に取り返しのつかない不祥事という形で裏切られた親の苦悩は想像を絶するものでしょう。すべてを犠牲にして、手塩にかけて育てた我が子が、よりによって犯罪に手を染めるなんて、筆舌に尽くしがたい苦しみです。うちの子に限って、ですよ。あんなにやってあげたのに、って地の底に落ちるはず。

 

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逆パターンも然りです。特に自分自身が親になってから、虐待のニュースを見るたびに心が痛みます。っていうか、感情移入して落ち込みすぎて数日凹みます。自分が親になると分かりますが、子供って盲目的に親を愛するんですよ。いくら親の言うことを聞かない大変な子だと思っていても、親は絶対の存在。だから親に裏切られたり虐待されたりってのは、人間形成のレベルで影響が出ます。

 

それは親だけでなく、尊敬するべき先生でも似ています。クラスメートにいじめられても先生が力になってくれれば救われますが、時に先生も無意識の中にいじめに加担してしまうことがあります。一昔前に、子供達が休んでいる子供の机にお葬式の花を置くという卑劣ないじめをしたことがありましたが、先生もおもしろがって加担した、というニュースがありました。いじめを受けた子は命を絶ってしまいましたが、先生がしっかりついていれば、最悪の事態は避けられたかもしれません。尊敬するべき、自分とは違うレベルにいるべき先生は、影響力が同レベルのクラスメートたちの何百倍です。

 

高畑 いじめ

 

私も子供のころイジメを受けた経験がありますが、私は同じクラスの先生にもひどい仕打ちを受けていました。両方辛かったけれど、納得いかない絶望的な辛さは先生からの仕打ちでした。先生には助けてくれなくても、せめて見守っていて欲しかったし、それが手に入らないと分かると、闇の奥深くに突き落とされた気分で毎日登校していたのを覚えています。

 

私たちは親や自分の子供、先生や生徒など、レベルが異なる相手と接するときは特に注意しなければならないことを心にとめないといけません。自分の影響力を理解しなければなりません。自分の子供だけでなく、子供のお友達などと接するときも同じですね。○○ちゃんのママ、と大人としての敬意を払われているわけですから、私の一言で大きな影響を与えてしまうかもしれません。

 

赤の他人の心の傷を背負って生きるのは、考える以上に重いと思います。傷を受けた人の物理的な声はあなたの耳に届いていないかもしれないけど、人が自然と神様に祈るのと同様に、傷ついた人たちが同じような真摯さで呪いを受けたら、絶対その呪いは何らかの形で届きます。たとえそれに気づかないほど鈍感だとしても、どちらにせよ、人の一生のトラウマの責任を担うのはごめんです。

 

だから私は自分の発言にも行動にも責任を持って、周りの人たちと接していこうと決めているのです。

 

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