大手広告代理店の電通で、当時24歳だった東大卒の女子社員、高橋まつりさんが昨年末に自殺をした事件が、先日相次いで報じられました。俗にいう「過労死」で、昨年4月に入社し、その年の10月からの時間外労働は100時間にも達したそうです。労災が認められての報道となりましたが、高橋さんは帰ってきません。

 

いろいろな背景や見解をネットの報道で読みましたが、何だか彼女の気持ちが分からないでもなくて、心が痛みました。

 

 

報道によると、違法レベルの時間外労働だけでなく、パワハラまがいの発言も受けていたそう。残業を強いられていたのに、その業務量ではキャパが狭いとか、会議中に眠そうな顔をするのは管理ができていない、とか。挙げ句の果てには彼女の残業時間は会社にとって無駄、だとか。

 

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いたたまれないですね。周りの助けてあげられる人はいなかったのか、という悔しがる意見もあるけれど、会社という孤島においては、みんな基本サバイバルモードですから、面倒なコトには関わり合いになりたくありません。ある程度までは親身な先輩・同僚は多くの会社に存在するのでしょうが、どうやらこの会社に置いては真っ黒な労働環境だったらしいので、みなさんそれどころじゃなかったのかな。

 

「死ぬくらいなら、辞めるべき」というのが大多数の悔しがる声ですが、これもね、実際その渦中にいると、そういう正義な判断はできないものです。家族や友人からの声を正しくプロセスできるような精神状態ではないわけで。普通の精神状態だったら、もちろん仕事よりも命の方が大切だと、すぐに分かります。

 

そういう環境にいると、マインドコントロール下に置かれるのと同じなので、上司から繰り返される暴言によって、自分を責めるような考えさえ浮かんでくるものです。よく聞くDV夫とか、洗脳カルト教団みたいなもんです。

 

でも一番大きかったのは、レールを外れるという選択肢を思いつきづらい社会だったからかもしれません。いい大学を卒業し、一流企業に就職し、そのレールに乗ってしまうと、それを降りるという選択肢に気づきにくい環境が出来上がるんですよね。周りもいい大学を出て、大企業に就職し、将来を有望視され、それなのにその大企業を1年もせずに辞めるなんて、前例がご自身の周りになかったのかもしれないし、そのせいでそのオプションを無意識のうちに封印してしまったのかもしれません。

 

残業 日本 アメリカ

 

このいい例がどこかの大学の教授が、残業時間が100時間を超えたぐらいで自殺するのは情けない、とNewsPicksに投稿した件。こういう人がいるから、レールにしがみつかざるを得ない社会が出来上がってしまうのですよ。

 

私は日本では、短大出の中小企業に勤めるお気楽OLで、海外に出ようとサクッと決められたのはレールにしがみつく価値がいろいろな意味でなかったからですが、今振り返れば、たとえ私が一流企業に勤めるデキるキャリア組だったとしても、海外で一からやり直す選択肢は選ぶ価値があったな、と自信を持って言えます。どこでも生きていける強い精神力と要領のよさ、そして物事を複数の角度から見るスキルは、今後どこでどう生きていくとしても何よりも役に立つものだから。

 

今後、高橋さんの身に起こったような悲劇を繰り返さないためにも、人生にはレールの外に多くのすばらしい選択肢があるということを、世に広めていきたいものです。

 

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