日本語は主語を抜いて話すことがとても自然にできてしまうので、時に誤解を生みやすい曖昧な言語だと多くの人は考えています。私もそれは常々思っていて、それは主語がないという以前に、全体的にぼやっとしていることが多く、それは英語に翻訳するときに激しく実感します。ここに例を載せたかったのですが、翻訳元に失礼に当たるかもしれないので、ここでは書けないのですが。

 

今回そんな日本語の曖昧さを家族で起こった事件で実感することとなったので、今日はそのお話です。

 

 

ことの始まりは昨日の夜、夫がテレビをぼーっと観ながら目薬をさしたところからでした。「あわまちゃたちま!」みたいな意味不明なことを叫びながら、右目を抑えて、キッチンの流しで目に水をかけています。え、な、なに?呪文?

 

突然のことであっけにとられていた私が数十秒後にどうしたのか聞いてみると、「(耳かすを取るために耳にさして溶かす)点耳薬を、目薬だと思って、目にさしちゃった!」と痛がっています。

 

痛がって目を抑えている夫を見た心優しい私@妻の反応はですね・・・、君、アホウなの?

 

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ほんとすみません!痛いのは分かるんですけど、普通そんな間違い方します??普段子供の算数テストのケアレスミスに対して「どうしてこんな間違いしたの?注意すれば避けられたミスじゃないか」と偉そうに言ってるけど、耳クソとる薬を間違って目に入れるという、どうしようもないケアレスミスしてんのは君だよ。

 

心優しい妻はそんな脳内妄想を口に出さず、子供たちまで引き連れて、夫を救急に連れていき、ことなきを得ました。救急にいたベトナム系アメリカ人の看護師さんは「まさかこれを目に入れるとは!ほんと、ごめん、でもこれは笑わずにはいられないわ!」と吹き出していました。そうそう、私もこの心境ですよ。分かってくれる人がいて(しかも看護師)でよかった。

 

次女は救急で待っているあいだに、実家のじいじばあばと妹と私からなるLINEグループにて、この事件を伝えました。

「今ねーダディのせいで、ER(救急のこと)にいるの。ダディが、イアドロップ(点耳薬のこと)を、目にいれたの」

 

そこから始まった会話で、同じ会話に参加したはずなのに、事件の捉え方がじいじ、ばあば、妹で、まったく異なった摩訶不思議な結果となった、その会話をここにご紹介します。

 

ばあば「イアドロップって?今、痛いの?」

私「耳クソを取るための点耳薬を、間違えて目薬だと思って目にいれて、救急に行った人がいます。Bakaかな?」

ばあば「え〜!そんなことあるの?しっかりしてるようで・・・。それで大丈夫なんでしょ?」

妹「ちょっと!静まり帰ったオフィスで思いきり吹き出しちゃったわよ!

私「アフォだよ。うちの父がやりそうなミスだよね。」

私「XXX(←夫のこと)は、今年は長女のアレルギーといい、健康上の問題が絶えないとうなだれていますが、耳クソの薬を目薬と間違えたアホは自分。健康とは関係ありません。」

じいじ「イエス」

ばあば「その通りです。自分のミスを認めなさい!」

私「救急の看護師も涙流して笑ってました」

ばあば「あまり見かけない光景ですから。いつもあんなにしっかりした真剣な顔してるくせに、飛んだことやらかしてくれるわね。

ばあば「でも大事に至らなくてよかったわね。笑い事で済んで。」

妹「ええ、朝から笑わせていただきました」

私「まだもうちょっと時間かかりそうで、手がかかるよ。明日は長女の全国テストなのに」

ばあば「次女もとんだ災難だったね。問題児には殴られるし(←前日の事件)、ついてないわね。かわいそうに」

(ここで耳かすを取るべきか取らないべきかで、熱く議論が数分)

じいじ「旦那くんに少し気合い入れろって言っといて。」

妹「You too!」

じいじ「ほっといてくれ」

 

という会話でした。気づいた方はいらっしゃるか分かりませんが、妹とばあばの間にちょっとした温度差があるのが分かりますか。旦那の失敗を大笑いする妹に対し、ばあばはあまり笑えていません。じいじはいつも通り軽口ばかりたたいているので、ここでは無視。

 

この一連の会話で、じいじはパパが長女と次女の目に点耳薬をいれてしまったと思い、ばあばは次女の目にいれてしまったと思い、妹はパパがパパ自身の目にいれてしまったと理解したそう。そして私はみんなパパがパパ自身の目にいれてしまったという事実を把握したと思って、会話を進めているわけで、読み返してみると微妙な温度差やすれ違いが見て取れます。

 

ばあばが「次女もとんだ災難だったね。問題児には殴られるし(←前日の事件)、ついてないわね。かわいそうに」なんて言ったときに、災難続きと取ったばあばに対して、なんの不思議も抱かなかったのは日本語の会話ではこういうのもなんとなく自然とぼんやりと流れてしまうから。

 

「今ねーダディのせいで、ER(救急のこと)にいるの。ダディが、イアドロップ(点耳薬のこと)を、目にいれたの」と次女が伝えたときも、読みようによっては次女の目にイアドロップを入れたと取れます。

 

うーん、日本語って難しい!日本人の私たちでもこれだけの誤解をすることがあるのだから、外国人にとって日本語を言外の意味まで淀みなく理解するのは難しいことも容易に想像できますね。

 

日本語 主語 ない 英語

 

英語では主語が省かれることはない、と思われがちですが、英語でも主語が省かれることは実はたまにあるんです。例えば、「Is she mad?」(彼女、怒ってる?)と聞かれて、それに答える形で「looks like it」(そうみたいだね)と主語を省いて言ってもとても自然です。でも日本語での会話に比べると、あまりに明らかな場合のみに主語が省かれるのみなので、誤解は生まれません。日本語だったら、この場面で、彼女の顔を見て「怒ってるよね?」と隣にいる人にこそっと言ったりできますよね。英語ではそこで「is mad?」とは言えませんから。

 

他で主語を省いても自然なのは「wanna come with me?」(一緒に来ますか?)「remember that?」(覚えてる?)など。この場合も、質問は明らかに話している相手に向けているので、主語を省いても混乱を生じることがないわけです。

 

アメリカ人の知り合いが日本に数年間住んでいたときに、日本語がかなりできるようになったにもかかわらず、主語が省かれたときに理解がワンテンポ遅れる、と言っていました。働いていた事務所の人に「事務所が閉まるときは、全ての窓が閉められていないといけません」と言われ、これは自分に閉めろと言っているのか、誰かが閉めるけど一応知らせておくから、という意味なのか、混乱したと言っていました。私たちからすれば、お前が閉めろって意味なんだろうなと自然と解釈できることでも、外国人には難しいそうです。

 

曖昧さの中にいろいろ読み取る要素があるからこそ、叙情的で美しい日本語ですが、時に混乱を生じることもある、というお話でした。

 

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