子供のころ、宿題を締め切り前夜まで手をつけず、直前になって、泣きながらパニックになったことはありませんか。私は嘘をつかないいい子なので言いますが、ありますよ!で、その時に一番思ったことが、「なんのために勉強なんかしなきゃいけないの?」でした。でも典型的なジャパニーズキッズの私が、そんな結論がなさそうな疑問を、親や先生に投げかけることはありませんでしたけどね。でも自分の子供たちがそういう疑問を持つことがあったら、ぜひ説明したい、と思ったのが、今回の考察のきっかけでした。

 

 

今夜、次女が宿題ができなくて、ついでに今日のテストの点数も悪くて、パパに怒られながらお勉強をしていたんです。もちろん夫にも私にも悪気はなくて、ただ自分たちが多くの苦労をしてきているので、同じ苦労をしてほしくないという純粋な気持ちから、言い聞かせているワケです。本人は「できなくて悔しい」と泣いているので、今頑張ったら将来どんなよいことがあるかをしっかり教えてあげようと意気込む私。「あのね、今頑張ったらね、大人になってから・・・」あれ?大人になってから何の得になるんだっけ(←アホ)?

 

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いや〜、いざ説明しようとするとうまくまとまらないんですよ。おそらく私自身混乱しているからかもしれません。若いうちにもっと勉強していろいろな知識をつけておけばよかったとは思うのですが、どうして?と聞かれると、うーん・・・、何となくそんな気がするから??ダメじゃん!

 

というわけで、今夜しっかりと考えてみましたよ。子供が勉強するべき理由を。

 

その考察の一環で、かなり前に行われた知り合いとの会話について思い出しました。お子さんがいらっしゃって専業でママ業を頑張っていた彼女。でもお金がなくて将来不安だと言うもので、仕事をしたとしても仕事と育児の両立は可能、私もやってるし、みたいな中途半端なアドバイスを助けたい一心でしたんですね。でもそこで言われちゃったんです。「たももは選択肢があるからいいよ。でもその選択肢さえない人の気持ちは分からないよ。」と。

 

その時に本当は私なりの言い分があったんだけど、和を乱したくなくて軽く謝って会話を終えました。その時に私が言いたかったことは、たったひとつ。「でも、その選択肢は私がいろいろなものを犠牲にして、作ったんだよ」ということ。

 

同じような年齢の女友達が、若くて楽しいOL生活を満喫している間、私はお金と時間と涙をふんだんに使って留学を全うしたし、全米を飛び回って仕事をしました。そのせいで留学生時代はお肉も買えないほど貧乏だったし、コンサル時代は虐げられて毎晩のように泣いていたし、そういう苦労は、私のかわいかった顔(←ウソつきました)にしっかり反映されて、現在のばあさんフェイスに直結したんだっけ。でもそうやって苦労してどうしても作り上げたかったのが、その選択肢だったんだよな。

 

勉強する 理由

 

日本で短大しか出なかった私がどうしても欲しかった大卒の学位。アメリカ社会を渡り歩けるレベルの英語力。日本人としてでもアメリカ人としてでも通用するキャリア。そういう輝かしいものが、ばあさんフェイスになるほどの苦労を経てから身について、やっと「次はどんな仕事をしようかな」「どういう形態で働こうかな」「どの会社がいいかな」と選択肢が目の前に広がったんです。選択肢は降って湧いてくるもんじゃなくて、作り出すものなんですよ。

 

まぁ、どっかの大統領候補みたく、パパのお金が降って湧いて来るなら、話は別ですけど。ボソボソ。

 

私が子供たちに説明できるのは、私自身が歩んできて学んだ、この「選択肢の獲得」こそが勉強する理由ってことなんだと、思考がすっきりまとまりました。大きくなってやりたいことが見つかった時に、いかにシンプルにスタート地点に立つことができるかは、手元にある選択肢次第。そのやりたいことは大学教授かもしれないし、医者かもしれないし、バンドマンかもしれないし、ビルの清掃をする仕事かもしれない。でも選択肢を広げておけば、ドリームジョブは、ドリームでなくなるんだってことを、子供たちに覚えておいてほしいな、と思います。

 

まぁ、ここまでは考えられましたけど、これをどう分かりやすく小学生に説明するかが課題です。次女が泣きながら宿題に取り組む間、これは私の宿題としましょうか。

 

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