英語で Taker という表現があります。友達や知り合いから、物資やサービスのオファーがあると、それを享受するばかりで、自分から何もオファーをしない人のことで、ネガティブな意味で使われます。He is a taker みたいに。

 

たとえば、友達が「忙しいときや、ご主人とデートナイトをしたいときは、子供見ててあげるから言ってね」と言われて、そこで預けてばかりで、そのお友達のお子さんは見ててあげなかったり、時間がないならせめてちょっとしたギフトを用意するとか、とにかくギブアンドテイクになっていないとTakerです。

 

 

周りは気づいてないと信じて疑わないTaker が案外多いのも、彼らの特徴。特にフレンドリーで友達の多いTakerだと、お誘いは頻繁にあるので、別に自分が何もしなくてもオッケーと考えがち。でも間違いなく、手を差し伸べるお友達は少しずつ、もしかしたら気づかないほどのペースで、手を引っ込めていきます。

 

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私のオフィスや近所にもたま〜にいます。特にお金に関わることになると、気になってしまうTakerたち。「この前、古い携帯を寄付するって言ってたよね?あれ、もらえないかな?」と言ってきて、それ自体は構わないんだけど、すっかり忘れてたりすると何度も催促されたり。コンサルタントとして、大手のメーカーなどに配属されると、サンプルがもらえないかとメールが来たり。彼女からのメールはそんなんばっか。

 

なんなんでしょう、このもやっとした感じ。

 

タイレストランで働くタイ人のお友達も、昨日こぼしていました。オーダーしたあと、運ばれてきた料理を見て、「これは私が期待してた料理と違うから、別のにしてくれないかな?」と毎回無理難題を言いつける『知り合い』。3度ほどそれが繰りかえされたあと、とうとう「ごめん。あなたにもううちの料理は提供できないわ」と勇気を出して言ったそうです。

 

なんてずうずうしくて、常識知らずなの!よく言った!

 

これって特に某国の人たちに顕著な傾向なのですが、まぁ、それは堂々と書けることではないので。

 

アメリカ人 友達

 

私はよく人を我が家に招待してホームパーティーをするのですが、これが続くと、うちで集まるのが当たり前になってしまうのが、たまに気になってしまいます。私は基本的にTaker よりもGiver(提供する側)でいたいと思っています。そうやってアメリカでコソコソっとうまーく生き延びてきている自負があるのでね。でもこの前「またみんなで集まりたいから、たももん家でいい?」と言われたときに、「あれ?」と。集まりたいなら、たまには君の家で集まるのはどう?

 

思うに、こうやって友達に「あれ?」と思わせた時点でTaker 注意報じゃないかな、と個人的に思います。そのあとで挽回できる場合もありますが、放置すると本当の意味での友達関係は失われますよね。

 

 

みなさんは、この辺の境目、どうやって判断していますか。

 

以前、友達の定義についての考察を書いたことがあるので、こちらも興味があればぜひご覧ください!

本当の友達はいますか?友達の定義を考える!

 

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