最近、同僚や知り合いで、大学へ戻ったり、新たなるキャリアをスタートさせる同年代を目にする機会が何度かありました。同僚のひとりは40を超えて、看護を学位を取ろうと大学へ戻りました。10年来の友人は、趣味だったエアロビクスを本格的に学び直し、インストラクターになるためのプログラムを今年から始めました。そうやって目をキラキラさせている人たちを見ると、こちらまで元気になります。

そういう人たちに出会う機会があるからこそ、「もうこんな年だし」「いい年して」「いい大人が」という表現を見聞きすると、ほんとゲンナリしちゃいます。そんなふうに可能性を潰して、なんかいいことあるんだろうかって思うから。

いろいろなことを年齢のせいにする人は、アメリカにもたまにいますが、それが社会的プレッシャーになるという観点では、日本のほうがもっと大きいように感じます。何かを始めようとすると、「いい歳して」っていう圧力を感じてしまい、超discouranging!(元気・勇気を失う)

いい年して独身。いい年して自撮りってありえない。あの年で茶髪ってなに。っていうか美魔女って痛々しい。いい大人がアイドル追っかけるって恥ずかしい。英語は若いうちから勉強しないとだめ。

いや〜、、、それ誰かに迷惑かけてます?気に入らないなら、ほっといてもらっていいですか?

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私的に唯一、「いい年して」という表現で反感を覚えないのが、横柄で周りに迷惑をかける人たち。店員に横柄な態度をとったり、満員電車で喧嘩売ってくるおっさんとか、条件反射的にムッとします。でもこれは年齢関係ないですけどね。どの年齢層にも、割合は多少違っても、いるもんです。年齢ではなくて、人間性の問題か。

年齢ごとに「こうあるべき」という価値観がそれぞれの中にあって、それは属する社会の年齢層ごとの典型的な姿を基本にしているわけですが、その価値観を押しつけるのは、個人の可能性と幸せを潰す最高の手段になりうると思うんですよ。自分の価値観と違うんだったら、アドバイスとか要らないから、ほっといてくれたらと思う。

それでは、何か新しい趣味や習い事を始めたい、キャリアチェンジをしたい、好きなことを突きつめたい、と考えたとき、どう自分の年齢と向き合うかという話になりますが、これは林先生の「いつやるか?今でしょ!」に、乗っかるのが一番。

いい大人が いい年して ブログ

ぶっちゃけ、新しいことって、若いうちに始めたら、体力的にもプラスだし、養う家族もなかったらその分の時間とお金があるし、何より残された時間がずっと長いわけですから、得といえば得なんです。もちろん人生経験を重ねたからこそ得られるアドバンテージもあるけれど、いやいや、若さというアドバンテージは偉大なる神。

そうなると、私たちにできることは、でももうアラフォーになっちゃったんだから、しょうがないじゃん、と開き直るしかありません。人生折り返し地点で、あと半分しか残っていないのだとしたら、明日始めるより、今始めるべきです。今でしょ! by 林先生

もうアラフォーだけど、アラフィフよりまだ時間ある。もうアラフィフだけど、アラ還よりは時間ある。もうアラ還だけど、まだ生きてるし大丈夫。年齢のこと考えている暇があったら、1秒でも早く興味があることを始めたいと思いませんか。

だから私は若者ブロガーに混じってブログも書くし、自分が好きな服も着るし、バッグの中にハローキティシリーズも忍ばせ続けるわけであります。

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