「若い頃の苦労は買ってでもしろ」ということわざがありますが、皆さんは賛成派?反対派?ゆとり世代なるものが台頭してきて、このことわざは時代遅れみたいな扱いですよね。そこでこれは果たして時代遅れなのかどうかを考えてみました。
私ごとの話になりますが、私はアメリカでの仕事は大変な類から始めてしまいました。大手コンサルティング会社になぜか2度も採用されてしまい、7年間のあいだ全米のクライアント先を飛び回っていました。そこには日本人は皆無なので、アメリカ人たちと肩を並べ、ものすごく大変な状況でした。アメリカ人の中でも、コンサルティング会社を選ぶような人たちは、見返り(=お給料)がいい分、とってもアグレッシブ。そこに飛び込んだわけですから、とにかく毎日大変でした。
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そのコンサル業務に見切りをつけ、公務員になる決意をしたのが5年前。その変化はものすごく大きいもので、慣れるのに時間がかかったのですが、それもそつなく乗り越えた私。どうしてかというと、その変化は難易度が高いものから低いものへのアジャストメントだったから。
コンサルティングは競争が激しく、いかに自分が優秀かというのを常にアピールしないといけません。頑張ってやっていれば分かってくれるという大和魂は持っていると損です。利用されて終わります。内容が半分しか分かっていなくても、とにかくエキスパートのふりをして、クライアント先で自分をアピールしろという上からのプレッシャーはとにかく辛かった。英語をネイティブのように話さない私にとって、分からないことを適当に話したら、一気に信用を失うことを意味していたのですから。
今の職場でも競争はもちろんありますが、それはコンサル時代の比ではありません。少しの注意を払っていればそれなりの一定評価がもらえるので、気が楽!でももしこの順序が逆で、最初に今の職場、そしてそれから大手コンサルティング会社に初転職、となったら、絶対に続かなかったはずです。
人間は変化に弱い生き物です。変化を反射的に拒否するようにできていることをお話ししたことがありますね。
変化や新しい環境に対応できない私たちに残された道 「分からないこと」を受け入れよう!
ただでさえも対応が難しい変化ですが、それが難易度がアップするような変化と、ダウンする変化だったら、どちらが順応しやすいでしょう。質問するまでもありませんね。今後楽になると言われても、変化はきつい。それがこれから大変になると聞いたらどうでしょう。拒否反応を示す人も多いはずです。
私たち庶民が技術の変化に追いついてこられるのは、その技術が私たちにとって日々シンプルなものに変化しているからです。あなたのスマホがタッチスクリーンではなく、プログラミング言語を打って操作しなければならないとなったら、どうでしょう。どんなにスマホが便利だとは言え、誰も触りたいとは思わなくなるでしょう。
変化は難易度が下がるものの方がずーっと、順応しやすいのです。だからこそ、若い頃というか、最初は難易度の高いものから挑戦する方が、長い目で見たら成功しやすいというわけ。
私の日本人のお友達で、こちらの大学を卒業し、最初は日系企業で足慣らしをしてから米系企業に転職しようと企てた人が何人かいます。でもね、それって理にかなってそうで、実は順序が逆なパターンよりも大変なんですよ。慣れないアメリカの企業で、「日本ではこうなのに」とどうしても比べて落ち込んでしまう。日本人であることを生かして米系企業で働く場合はまったく別の話になりますが、アメリカ人として働く場合はやはり事情が異なってきます。それに順応することのできなかった彼らは、すぐに日系企業や日本食レストランのお仕事に戻りました。私もそうなってたかな、と思います。こんなはずじゃなかった。こんなに違うとは思わなかったって。
少し前に、大学を中退した石田さんを応援する記事を書きました。
4ヶ月で大学を中退して起業する石田さんの選択を応援する私。若さの特権は活かしたいなら活かせばいい!
どうして応援するのかというと、それこそ「若い頃の苦労は買ってでもしろ」と思うから。理由はいろいろありますが、主なものはこんな感じ。
- 変化に順応しやすい
- 体力がある
- 失敗が当たり前のように許される
- プライドがじじいばばあより高くはないので、言い訳を作らない(自分の失敗を正当化=何も学ばない)
だからこそ、若者の皆さん。そう若くはない皆さん。苦労は最初にしておくべきです。変化に順応するのはどの時代も一苦労ですが、変化の難易度を上げないようにするのが得策、というお話でした。
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